笹浪知宏、松崎芽衣、水島秀成(静岡大学大学院農学研究科応用生物 化学専攻)
動物は受精戦略に工夫を凝らし、生存競争を勝ち抜く事で今日における進化を遂げてきた。鳥類は季節繁殖を行う動物であり、その受精戦略は非常に巧みである。 繁殖期には短期間に複数の卵子を排卵し産卵するが、それらの卵子すべてを効率良く受精させるために、精子を貯蔵する特殊な組織を輸卵管に持っている点はその一例である。精子貯蔵管 (Sperm storage tubules: SST)と呼ばれるこの組織中で、精子は長期間受精能を維持するので、一度の交尾で長期間受精卵を産み続けることが可能である。このような輸卵管における貯精現象は、受精を効率良く行うための一種の補償機構と考えられている。
鳥類の輸卵管における貯精の仕組みは不明であったが、これまでの研究で性ステロイドであるプロゲステロンがSSTからの精子の放出のトリガーとなっていることが明らかになり、血中プロゲステロン濃度の上昇が精子放出と排卵とを同調させることが分かった(Ito et al., Endocrinology, 2011)。また、精子の放出のタイミングに同調して、輸卵管内腔表面を覆っている上皮細胞からは分子シャペロンであるheat shock protein 70が放出され、これが精子表面の電位依存性アニオンチャネルに結合すると細胞内カルシウム濃度の上昇が起こり、この反応を介して精子の運動が活性化されることも分かった (Hiyama et al., Reproduction, 2013)。また、SST内の精子は貯精時に運動を停止している。SSTは細胞外に多量の乳酸を放出し、SST内腔を酸性化していることが判明した。SST内腔に侵入し乳酸に暴露された精子は細胞内pHを低下させ、その結果、Dynein ATPase活性が低下することで精子の運動が停止することが判明した。以上のように、鳥類では、一旦精子をSST内に貯蔵するという戦略により、精子と卵子との出会いのタイミングを雌側が調節するとともに、卵形成時に卵管から大量に分泌される卵白や卵殻に精子がトラップされるのを防ぐという受精補償機構が機能していることが明らかとなった。