精子残存ヒストンの機能解析とその生理学的意義の解明
東京大学分子細胞生物学研究所 病態発生制御研究分野 岡田由紀
東京大学分子細胞生物学研究所 病態発生制御研究分野 牧野吉倫
東京大学分子細胞生物学研究所 ゲノム情報解析研究分野 白髭克彦
東京大学医科学研究所 機能解析インシリコ分野 朴聖俊 中井謙太
講演要旨(544字)
多くの哺乳類の雄性生殖細胞は、減数分裂後にヒストンが消失しプロタミンに置換されることでクロマチンが高度に凝集する。これは精子の妊孕性獲得に必須の現象であるが、一方で少量(ヒトでは約10%、マウスでは約1%)のヒストンが依然精子核に残存しており、その生理学的意義については未だ結論が得られていない。
本研究では精子LS-MS解析で同定したヒストンバリアントH3.3とH2A.Zについて、それらの精子ゲノム上の局在と転写調節との関連性について検討した。その結果H3.3とH2A.Zは、転写活性化マークであるH3K4トリメチル化を伴って、低GC%・低DNAメチル化で特徴づけられる転写開始点近傍に濃縮していたが、減数分裂後精子細胞における遺伝子発現との相関は顕著ではなく、他の役割が示唆された。そこで受精卵遺伝子発現との相関を検討した結果、H3.3・H2A.Z・H3K4トリメチル化の組み合わせは受精後2~4細胞期で転写される遺伝子群と最も相関が高く、一方転写抑制化マークであるH3K27トリメチルを転写開始点近傍に持つ遺伝子群は、この時期の遺伝子発現が低いという現象が見出された。従って、成熟精子におけるヒストンの局在(=エピジェネティック状態)は、受精後の転写状態を反映していると考えられた。
マウス精嚢タンパク質SVS2の雌性生殖器内での働き
河野 菜摘子1、荒木 直也2、吉田 薫3、吉田 学2、宮戸 健二1
(1(独)国立成育医療研究センター 生殖・細胞医療研究部、2東京大学大学院 理学系研究科、3桐蔭横浜大学 先端医用工学センター)
哺乳類精子は、メスの腟・子宮を通過した後、卵管内の卵へたどり着き受精を成立させる。古くから、卵管まで進入した精子の受精能は高いこと、精漿には精子の受精能を抑制する働きがあることは知られていたが、実際のメス生殖器内での精子の状態は不明であった。本研究では、精嚢から分泌される精漿タンパク質Seminal
vesicle secretion 2(SVS2)の機能に注目することで、体内受精の仕組みを明らかにすることを目的とした。
SVS2を欠損したオスマウスは、野生型のオスと同様に高い受精能を有した精子を形成していたが、自然交配では産仔がほとんど得られなかった。その原因の一つとして、腟栓の形成不全が考えられたが、腟栓の代替物としてシリコンを用いて人工授精を行ったところ、SVS2非存在下では依然として低い受精率を示した。SVS2存在下での人工授精では精子は高い受精能を示したことから、SVS2は体内受精に必須な因子であると言える。
さらに解析を行った結果、SVS2非存在下では子宮内精子は細胞膜が破壊され死滅していることが明らかとなった。また発情したメスから子宮内液を回収し、体外で精子に添加したところ、有意に精子の生存性が低下し、精子が凝集する様子が観察された。またこの現象は子宮内液を56℃、30分処理することで見られなくなったことから、子宮内には精子を死滅させる液性因子が存在すること、またそこには補体が関係していると考えられた。
以上の結果から、哺乳類において、メス生殖器内には精子をも殺す免疫システムが存在すること、またメスによる精子への攻撃をオスは精漿タンパクを用いて防いでいると考えられた。
参考文献
Kawano N. et al., (2014) Seminal vesicle protein SVS2
is required for sperm survival in the uterus. PNAS. 111(11), 4145-4150.タイトル:精子と卵の膜融合の分子メカニズム~エキソソーム・テトラスパニンを中心として
演者:◯宮戸健二、河野菜摘子
所属:(独)国立成育医療研究センター・研究所・再生医療センター・細胞医療研究部
配偶子融合では、IZUMO1は精子側因子として知られており、最近、卵側に存在するIZUMO1の受容体JUNOが同定された。一方、膜融合に広く関わる膜タンパク質として、特徴的な細胞外構造をもった膜4回貫通型タンパク質ファミリー(テトラスパニン)が知られている。テトラスパニンにはCD9、CD63、CD81、CD82、CD151といった免疫系細胞の膜抗原として同定された分子が数多く含まれている。最も解析されているファミリー分子の1つとしてCD9が知られており、遺伝子改変マウスの解析から、受精における精子と卵の融合に卵側因子として機能することが明らかになっている。加えて、CD9は卵から放出されるナノサイズの膜構造体(エキソソーム)の主要な構成成分であることが明らかになった。ただし、CD9とCD81のダブル欠損マウスでは、肺胞内に存在するマクロファージの膜融合はむしろ亢進する。さらに、ヒト免疫不全ウイルスHIV-1の感染にはテトラスパニンは抑制的に働くことが明らかになってきた。以上のことから、テトラスパニンは、膜融合の促進にも阻害にも働くと考えられる。そこで、テトラスパニンの膜融合における役割について、促進と抑制の両方の面から考察したい。
参考文献
1) Ohnami N et al. Biology Open, 7, 640-7,
2012.
2) Miyado K et al. Proc Natl Acad Sci USA, 105,
12921-6, 2008.
3) Miyado K et al. Science,
287, 321-4, 2000.
DNA断片化陰性運動精子の選別と人工卵管用いる高精度媒精
東京歯科大学市川総合病院産婦人科
マウス精巣におけるGFRα1陽性の精子幹細胞の動態
原健士朗
ほ乳動物の精子幹細胞は、「幹細胞の自己複製」の概念を最初に生みだした歴史的な細胞である(Clermont and Leblond, Am. J. Anat. 1953)。しかし、その歴史的な役割とは別に、精巣の中の生きた精原細胞の挙動を調べることは困難であり、真の幹細胞の正体や自己複製の様式は十分に理解されないまま半世紀の月日が流れている。最近、我々は、ライブイメージングなどの発生生物学的手法を用いてマウス精巣内の生きた精原細胞のふるまいを丹念に追跡し、精子幹細胞の実体の新説を提唱することに成功した(Hara et al., Cell Stem Cell 2014)。本会では、同成果を中心として、精巣内で躍動する幹細胞の知られざる姿を紹介したい。
精子研究会発表要旨
紺野先生
要旨(705字)
チューブリン翻訳後修飾の1つであるポリグルタミン酸化は繊毛・鞭毛の構造および機能における重要性が示唆されている。これはチューブリンC末端尾部ドメインにポリグルタミン酸側鎖が付加される翻訳後修飾であり、Tubulin tyrosine ligase-like (TTLL) ファミリーのタンパク質によって触媒される。我々はマウスの精子に関するこの翻訳後修飾の役割を明らかにするため、チューブリンポリグルタミン酸化酵素の1つであるTtll9を欠損するマウスの解析を行ったところ、Ttll9欠損マウスは形態的には正常だが雄性不稔を示すことが明らかになった。Ttll9欠損マウスでは精子数の減少と精子ポリグルタミン酸化レベルの低下が見られたが、光学顕微鏡レベルでは正常な形態の精子も多数観察された。興味深いことに、電子顕微鏡を用いた解析から、Ttll9欠損マウス精子鞭毛は基部側では通常の9 + 2構造を示すが、より先端側では9本の周辺ダブレット微小管のうちダブレット7のみを選択的に欠損することが明らかになった。運動解析からTtll9欠損マウス精子は前進運動性の低下を示し、その原因は鞭毛運動の一時的な停止にあることが示唆された。この停止は鞭毛がマウス精子頭部のフック状構造の方向と逆向きに屈曲した状態で最も高頻度に発生した。これはフックと逆方向への屈曲は可能だが、フック同じ方向への屈曲が困難になっていることを示唆している。マウス精子においては、フック方向への屈曲にはダブレット7が特に重要な役割を果たしていると考えられることから、Ttll9欠損マウス精子の運動性低下には軸糸ダブレット7の異常が関与していることが示唆される。
ウズラの精子貯蔵管における精子貯蔵と活性化のメカニズム
笹浪知宏、松崎芽衣、水島秀成
静岡大学大学院農学研究科応用生物化学専攻
動物は受精戦略に工夫を凝らし、生存競争を勝ち抜く事で今日における進化を遂げてきた。鳥類は季節繁殖を行う動物であり、その受精戦略は非常に巧みである。繁殖期には短期間に複数の卵子を排卵し産卵するが、それらの卵子すべてを効率良く受精させるために、精子を貯蔵する特殊な組織を輸卵管に持っている点はその一例である。精子貯蔵管 (Sperm storage tubules: SST)と呼ばれるこの組織中で、精子は長期間受精能を維持するので、一度の交尾で長期間受精卵を産み続けることが可能である。このような輸卵管における貯精現象は、受精を効率良く行うための一種の補償機構と考えられている。
鳥類の輸卵管における貯精の仕組みは不明であったが、これまでの研究で、性ステロイドであるプロゲステロンがSSTからの精子の放出のトリガーとなっていることが明らかになり、血中プロゲステロン濃度の上昇が精子放出と排卵とを同調させることが分かった(Ito et al., Endocrinology, 2011)。また、精子の放出のタイミングに同調して、輸卵管内腔表面を覆っている上皮細胞からは分子シャペロンであるheat shock protein 70が放出され、これが精子表面の電位依存性アニオンチャネルに結合すると細胞内カルシウム濃度の上昇が起こり、この反応を介して精子の運動が活性化されることも分かった (Hiyama et al., Reproduction,
2013)。また、SST内の精子は貯精時に運動を停止している。SSTは細胞外に多量の乳酸を放出し、SST内腔を酸性化していることが判明した。SST内腔に侵入し乳酸に暴露された精子は細胞内pHを低下させ、その結果、Dynein ATPase活性が低下することで精子の運動が停止することが判明した。以上のように、鳥類では、一旦精子をSST内に貯蔵するという戦略により、精子と卵子との出会いのタイミングを雌側が調節するとともに、卵形成時に卵管から大量に分泌される卵白や卵殻に精子がトラップされるのを防ぐという受精補償機構が機能していることが明らかとなった。
受精着床用
宇宙ステーションで保存中のマウス精子について
Project
of mammalian reproduction in Space ~SPACE PUP~
若山清香1、矢野幸子2、笠原春夫3、長田郁子3、嶋津徹4、鈴木ひろみ4、水谷英二、若山照彦5
Sayaka
Wakayama1、Sachiko Yano2、Haruo Kasahara3、Ikuko Osada3、Toru Shimazu4、Hiromi Suzuki4、Eiji Mizutani1, Teruhiko
Wakayam1
1; 山梨大学生命環境学部
2;宇宙航空研究開発機構 宇宙環境利用センター
3;有人宇宙システム株式会社 利用エンジニアリング部
4;(財)日本宇宙フォーラム 宇宙利用事業部
1; amanashi Univ.
2; JAXA
3; JAMSS
4; JSF
a2Vacuolar ATPaseが良好精子の先体部に発現する〜新規男性不妊診断マーカーの開発〜
太田邦明、田中守
慶應大 産科
(796/800)
目的;
ARTにおいて良好精子の評価は非常に重要であるが現状の評価法では精子妊孕能の評価は難しく,非侵襲的な精子機能評価法の開発が急務である. これまで我々は,V-ATPaseのサブユニットであるa2Vacuolar ATPase(a2V)に着目し、マウスにおいてa2vが受精能獲得精子の先体に局在し、精液のPHおよび免疫環境を制御することを報告してきた. 今回,男性不妊および健常者の精子および精漿を用いて,精子機能へのa2Vの関与を明らかにすることを目的とした.
方法;
倫理委員会承認と説明と同意を得た上で不妊男性精液(Inf群)と健常精液(N群)の精子を用いて,a2V発現をreal-time PCR, western blotにより解析した.2群の精漿中のcleaved a2v(a2NTD)をELISAで,cytokine/chemokineをマルチプレックスにて網羅的・定量的に解析した.またN群を比重遠沈法によって,運動精子と非運動精子に分離後,a2V発現と精子内局在をwestern blotと蛍光免疫染色で調べた.
成績;
a2VのmRNA・タンパク質両者の発現レベルは,N群に比べてInf群で有意に低かった.さらに、a2Vの分解産物であるa2NTDおよび受精過程において重要な役割を担うGM-CSF, G-CSF,MIP-1,MCP-1α,TGF-βはいずれもN群に比べてInf群ので有意に低くa2NTDとそれらは有意な正の相関関係が認められた.また,a2vは運動精子群に強く発現し,先体に局在することが確認された.
結論;
不妊精子および非運動精子でa2Vの発現が低く,さらに不妊精子のa2V発現量を反映する精漿中a2NTDが低いことが確認された.また精子a2Vは運動精子の先体に局在する事が確認された.本研究よりa2Vをターゲットに今後解析を行うことで不妊精子の病因に迫ることが出来ると考えられる.