2015年8月3日月曜日

第46回研究会集会詳細

第46回2014年12月13日 東京医科大学病院・会議室 

「精子残存ヒストンの機能解析とその生理学的意義の解明」
 【演者】
 岡田由紀/東京大学分子細胞生物学研究所 病態発生制御研究分野  
 【共同研究者】
 牧野吉倫/東京大学分子細胞生物学研究所 病態発生制御研究分野
 白髭克彦/東京大学分子細胞生物学研究所 ゲノム情報解析研究分野
 朴 聖俊・中井謙太/東京大学医科学研究所 機能解析インシリコ分野
 多くの哺乳類の雄性生殖細胞は、減数分裂後にヒストンが消失しプロタミンに置換されることでクロマチンが高度に凝集する。これは精子の妊孕性獲得に必須の現象であるが、一方で少量(ヒトでは約10%、マウスでは約1%)のヒストンが依然精子核に残存しており、その生理学的意義については未だ結論が得られていない。
本研究では精子LS-MS解析で同定したヒストンバリアントH3.3とH2A.Zについて、それらの精子ゲノム上の局在と転写調節と の関連性について検討した。その結果H3.3とH2A.Zは、転写活性化マークであるH3K4トリメチル化を伴って、低GC%・低DNAメチル化で特徴づ けられる転写開始点近傍に濃縮していたが、減数分裂後精子細胞における遺伝子発現との相関は顕著ではなく、他の役割が示唆された。そこで受精卵遺伝子発現との相関を検討した結果、H3.3・H2A.Z・H3K4トリメチル化の組み合わせは受精後2~4細胞期で転写される遺伝子群と最も相関が高く、一方転写 抑制化マークであるH3K27トリメチルを転写開始点近傍に持つ遺伝子群は、この時期の遺伝子発現が低いという現象が見出された。従って、成熟精子におけるヒストンの局在(=エピジェネティック状態)は、受精後の転写状態を反映していると考えられた。 

 「マウス精嚢タンパク質SVS2の雌性生殖器内での働き」
 【演者】
 河野菜摘子/()国立成育医療研究センター 生殖・細胞医療研究部
 荒木直也/東京大学大学院 理学系研究科
 吉田 薫/桐蔭横浜大学 先端医用工学センター
 吉田 学東京大学大学院 理学系研究科
 宮戸健二()国立成育医療研究センター 生殖・細胞医療研究部
 哺乳類精子は、メスの腟・子宮を通過した後、卵管内の卵へたどり着き受精を成立させる。古くから、卵管まで進入した精子の受精能は高いこと、精漿には精子の受精能を抑制する働きがあることは知られていたが、実際のメス生殖器内での精子の状態は不明であった。本研究では、精嚢から分泌される精漿タンパク質Seminal vesicle secretion 2SVS2)の機能に注目することで、体内受精の仕組みを明らかにすることを目的とした。
 SVS2を欠損したオスマウスは、野生型のオスと同様に高い受精能を有した精子を形成していたが、自然交配では産仔がほとんど得られなかった。その原因の一つとして、腟栓の形成不全が考えられたが、腟栓の代替物としてシリコンを用いて人工授精を行ったところ、SVS2非存在下では依然として低い受精率を示した。SVS2存在下での人工授精では精子は高い受精能を示したことから、SVS2は体内受精に必須な因子であると言える。
さらに解析を行った結果、SVS2非存在下では子宮内精子は細胞膜が破壊され死滅していることが明らかとなった。また発情したメスから子宮内液を回収し、体外で精子に添加したところ、有意に精子の生存性が低下し、精子が凝集する様子が観察された。またこの現象は子宮内液を5630分処理することで見られなくなったことから、子宮内には精子を死滅させる液性因子が存在すること、またそこには補体が関係していると考えられた。
以上の結果から、哺乳類において、メス生殖器内には精子をも殺す免疫システムが存在すること、またメスによる精子への攻撃をオスは精漿タンパクを用いて防いでいると考えられた。
参考文献
Kawano N. et al., (2014) Seminal vesicle protein SVS2 is required for sperm survival in the uterus. PNAS. 111(11), 4145-4150.  

「精子と卵の膜融合の分子メカニズム~エキソソーム・テトラスパニンを中心として」
 【演者】
 宮戸健二・河野菜摘子/(独)国立成育医療研究センター・研究所・再生医療センター・
 細胞医療研究部
  受精は、新しい生命の誕生には必要不可欠で、多段階の過程を経て膜融合にいたる現象である。また、膜融合は受精だけでなく、筋形成、骨形成、ウイルス感染などの様々な生命現象で起こり、胚性幹細胞もまた、分化した細胞と膜融合することで、増殖可能な幹細胞としての性質を付与することが知られている。このように様々な局面で利用されている膜融合であるが、そのメカニズムは依然として人類によっては制御不能な現象の1つである。
 配偶子融合では、IZUMO1は精子側因子として知られており、最近、卵側に存在するIZUMO1の受容体JUNOが同定された。一方、膜融合に広く関わる膜タンパク質として、特徴的な細胞外構造をもった膜4回貫通型タンパク質ファミリー(テトラスパニン)が知られている。テトラスパニンにはCD9CD63CD81CD82CD151といった免疫系細胞の膜抗原として同定された分子が数多く含まれている。最も解析されているファミリー分子の1つとしてCD9が知られており、遺伝子改変マウスの解析から、受精における精子と卵の融合に卵側因子として機能することが明らかになっている。加えて、CD9は卵から放出されるナノサイズの膜構造体(エキソソーム)の主要な構成成分であることが明らかになった。ただし、CD9CD81のダブル欠損マウスでは、肺胞内に存在するマクロファージの膜融合はむしろ亢進する。さらに、ヒト免疫不全ウイルスHIV-1の感染にはテトラスパニンは抑制的に働くことが明らかになってきた。以上のことから、テトラスパニンは、膜融合の促進にも阻害にも働くと考えられる。そこで、テトラスパニンの膜融合における役割について、促進と抑制の両方の面から考察したい。  
 参考文献
1) Ohnami N et al. Biology Open, 7, 640-7, 2012.
2) Miyado K et al. Proc Natl Acad Sci USA, 105, 12921-6, 2008.
3) Miyado K et al. Science, 287, 321-4, 2000.

DNA断片化陰性運動精子の選別と人工卵管用いる高精度媒精」
 【演者】
 兼子 智/東京歯科大学市川総合病院産婦人科
 我々は現行のART治療モデル(卵が採れたから夫に射精を依頼する、卵が先)に代えて、予め精子数の確保と質の保証ができたから採卵を提案する(治療アルゴリズムを逆転し、精子が先)という新しいモデルを提唱したい。具体的には1.ARTに供する精子の高精度分画法を確立(原理が異なる複数の遠心分離法を組み合わせて、選択的かつ高収率なDNA断片化陰性運動精子の無菌調製法を確立した)2.精密検査による分画精子の品質管理(DNA断片化、頭部空胞、先体局在、Caチャネル開口能、ミトコンドリア酸化還元等)3.高効率な精子凍結保存法の確立(排卵と射精の時間的同調が不要となり、凍結蓄積による精子の数的確保と多項目の精密検査を行う時間確保)4.in vitro精子薬物療法による有効精子数の増加(Caチャネル開口薬剤による先体反応誘起障害のin vitro治療により、受精に寄与する運動精子比率を改善する)5.人工卵管(媒精環境の微小化と卵管形状を模した細流路内で運動精子の分離、先体反応誘起、媒精を同時に行い、必要精子量の減少を図る)を統合的に運用する高精度媒精システムを構築する。
卵側に問題がないと仮定すると、一般則として常に精子の状態が良好な場合は、避妊していないと妊娠する。常に不良な場合はICSIを施行するが、本法はあくまで精子の量的不足を補う手技であり、質的異常を補償することはできない。高精度な精子分画および品質管理技術の確立、運用が実現していない現状では、ICSIはむしろ重度精液所見不良例には不向きな治療である。精子側技術が最も介入しやすいのは、射精毎に所見の変動幅が大きい場合である。実際、精液検査時と採卵時の所見が大きく異なる例をしばしば経験する。精子凍結保存による採卵と射精の時間的制約解除は、患者夫婦が準備状況(精子高精度分画、精密検査による量の確保と質の把握)を基にどのような授精法が使用可能か、さらに妊娠の可能性等について説明を受け、自らinformed choiceすることを可能にする。

「マウス精巣におけるGFRα1陽性の精子幹細胞の動態」
 【演者】 
 原 健士朗/基礎生物学研究所 生殖細胞研究部門
 ほ乳動物の精子幹細胞は、「幹細胞の自己複製」の概念を最初に生みだした歴史的な細胞である(Clermont and Leblond, Am. J. Anat. 1953)。 しかし、その歴史的な役割とは別に、精巣の中の生きた精原細胞の挙動を調べることは困難であり、真の幹細胞の正体や自己複製の様式は十分に理解されないま ま半世紀の月日が流れている。最近、我々は、ライブイメージングなどの発生生物学的手法を用いてマウス精巣内の生きた精原細胞のふるまいを丹念に追跡し、 精子幹細胞の実体の新説を提唱することに成功した(Hara et al., Cell Stem Cell 2014)。本会では、同成果を中心として、精巣内で躍動する幹細胞の知られざる姿を紹介したい。 

「タイトル」
 【演者】
 紺野/所属
 チューブリン翻訳後修飾の1つであるポリグルタミン酸化は繊毛・鞭毛の構造および機能における重要性が示唆されている。これはチューブリンC末端尾部ドメインにポリグルタミン酸側鎖が付加される翻訳後修飾であり、Tubulin tyrosine ligase-like (TTLL) ファミリーのタンパク質によって触媒される。我々はマウスの精子に関するこの翻訳後修飾の役割を明らかにするため、チューブリンポリグルタミン酸化酵素の1つであるTtll9を欠損するマウスの解析を行ったところ、Ttll9欠損マウスは形態的には正常だが雄性不稔を示すことが明らかになった。Ttll9欠損マウスでは精子数の減少と精子ポリグルタミン酸化レベルの低下が見られたが、光学顕微鏡レベルでは正常な形態の精子も多数観察された。興味深いことに、電子顕微鏡を用いた解析から、Ttll9欠損マウス精子鞭毛は基部側では通常の9 + 2構造を示すが、より先端側では9本の周辺ダブレット微小管のうちダブレット7のみを選択的に欠損することが明らかになった。運動解析からTtll9欠 損マウス精子は前進運動性の低下を示し、その原因は鞭毛運動の一時的な停止にあることが示唆された。この停止は鞭毛がマウス精子頭部のフック状構造の方向と逆向きに屈曲した状態で最も高頻度に発生した。これはフックと逆方向への屈曲は可能だが、フック同じ方向への屈曲が困難になっていることを示唆している。マウス精子においては、フック方向への屈曲にはダブレット7が特に重要な役割を果たしていると考えられることから、Ttll9欠損マウス精子の運動性低下には軸糸ダブレット7の異常が関与していることが示唆される。 
 
「ウズラの精子貯蔵管における精子貯蔵と活性化のメカニズム」
 【演者】
 笹浪知宏・松崎芽衣・水島秀成/静岡大学大学院農学研究科応用生物化学専攻
 動物は受精戦略に工夫を凝らし、生存競争を勝ち抜く事で今日における進化を遂げてきた。鳥類は季節繁殖を行う動物であり、その受精戦略は非常に巧みである。 繁殖期には短期間に複数の卵子を排卵し産卵するが、それらの卵子すべてを効率良く受精させるために、精子を貯蔵する特殊な組織を輸卵管に持っている点はその一例である。精子貯蔵管 (Sperm storage tubules: SST)と呼ばれるこの組織中で、精子は長期間受精能を維持するので、一度の交尾で長期間受精卵を産み続けることが可能である。このような輸卵管における貯精現象は、受精を効率良く行うための一種の補償機構と考えられている。
 鳥類の輸卵管における貯精の仕組みは不明であったが、これまでの研究で、性ステロイドであるプロゲステロンがSSTからの精子の放出のトリガーとなっていることが明らかになり、血中プロゲステロン濃度の上昇が精子放出と排卵とを同調させることが分かった(Ito et al., Endocrinology, 2011)。また、精子の放出のタイミングに同調して、輸卵管内腔表面を覆っている上皮細胞からは分子シャペロンであるheat shock protein 70が放出され、これが精子表面の電位依存性アニオンチャネルに結合すると細胞内カルシウム濃度の上昇が起こり、この反応を介して精子の運動が活性化されることも分かった (Hiyama et al., Reproduction, 2013)。また、SST内の精子は貯精時に運動を停止している。SSTは細胞外に多量の乳酸を放出し、SST内腔を酸性化していることが判明した。SST内腔に侵入し乳酸に暴露された精子は細胞内pHを低下させ、その結果、Dynein ATPase活性が低下することで精子の運動が停止することが判明した。以上のように、鳥類では、一旦精子をSST内に貯蔵するという戦略により、精子と卵子との出会いのタイミングを雌側が調節するとともに、卵形成時に卵管から大量に分泌される卵白や卵殻に精子がトラップされるのを防ぐという受精補償機構が機能していることが明らかとなった。

「受精着床用 
宇宙ステーションで保存中のマウス精子について
Project of mammalian reproduction in Space ~SPACE PUP~」
 【演者】
 若山清香/山梨大学生命環境学部
 矢野幸子/宇宙航空研究開発機構 宇宙環境利用センター
 笠原春夫/有人宇宙システム株式会社 利用エンジニアリング部
 長田郁子/有人宇宙システム株式会社 利用エンジニアリング部
 嶋津 徹/()日本宇宙フォーラム 宇宙利用事業部 
 鈴木ひろみ/()日本宇宙フォーラム 宇宙利用事業部
 水谷英二
 若山照彦 
 現在、火星や小惑星に人類を送り込む次世代有人宇宙船が複数の機関で計画されており、将来、人類は本当に宇宙で繁栄するようになるかもしれない。各国の宇宙開発機関は生殖に対する宇宙環境の影響を調べるために様々な実験を行ってきた。その結果、イモリやメダカ、ニワトリでは無重力や宇宙放射線は胚の発生にほとんど影響しないことが明らかとなっている。しかし肝心の哺乳動物の実験では飼育や、初期胚の実験の難しさなどから多くが失敗に終わり、近年ではあまり行われなくなっていた。私たちは、JAXAが公募していた国際宇宙ステーション「きぼう」利用実験計画に、フリーズドライ精子を宇宙で長期間保存し、子孫への宇宙放射線の影響を調べるというテーマで応募した。この方法であれば精子の室温保存が可能であるため、打ち上げと回収時に冷凍庫が必要なく、後は宇宙ステーションで長期間保存するだけなので技術の習得も、長い作業時間も必要ない。打ち上げた精子は宇 宙ステーションの冷凍庫で最長3年間保存してもらい、回収後に精子のDNA損傷度や産仔への発育率、および網羅的遺伝子発現などを調べ、宇宙放射線の生殖細胞や子孫への影響を調べる。この計画は低リスク、低コスト、哺乳類の生殖実験としては世界初ということで2009年に「候補」として採択され、膨大な予備実験を経て2011年に打ち上げ決定となった。そこでロケットの打ち上げスケジュールに合わせて60匹以上のオスから約2000本の試料を作成し、すべてのロットチェックを行って出産成績の最も高い打ち上げ用の試料(4系統から12匹を選び、異なる保存期間で回収するため3箱に分けた)を厳選した。それらの精子は201384日、H2Bロケットにて予定通り打ち上げられ、国際宇宙ステーション日本実験棟「きぼう」内の冷凍庫で保存されている。20145月には第1回目の精子が地球に帰還し、翌月それらの精子から世界初の宇宙保存精子由来のマウス(宇宙マウス)が誕生した。2回目の精子の帰還は宇宙保存開始から2年後、3回目は3年後を計画しており、宇宙放射線に暴露された期間が生殖細胞へどのような影響を与えるのか明らかにする予定である。本会では予備実験で我々が行った様々な条件検討の結果と、第一回目の帰還精子を用いた顕微授精による産子作成実験の結果について報告する。

「a2Vacuolar ATPaseが良好精子の先体部に発現する〜新規男性不妊診断マーカーの開発〜」
 【演者】
 太田邦明・田中 守/慶應大学産婦人科

【目的】
 ARTにおいて良好精子の評価は非常に重要であるが現状の評価法では精子妊孕能の評価は難しく、非侵襲的な精子機能評価法の開発が急務である。これまで我々はV-ATPaseのサブユニットであるa2Vacuolar ATPase(a2V)に着目し、マウスにおいてa2vが受精能獲得精子の先体に局在し、精液のPHおよび免疫環境を制御することを報告してきた。今回、男性不妊および健常者の精子および精漿を用いて、精子機能へのa2Vの関与を明らかにすることを目的とした。
【方法】
 倫理委員会承認と説明と同意を得た上で不妊男性精液(Inf群)と健常精液(N群)の精子を用いて、a2V発現をreal-time PCR、 western blotにより解析した。2群の精漿中のcleaved a2v(a2NTD)をELISAで、cytokine/chemokineをマルチプレックスにて網羅的・定量的に解析した。またN群を比重遠沈法によって、運動精子と非運動精子に分離後、a2V発現と精子内局在をwestern blotと蛍光免疫染色で調べた。
【成績】
 a2VのmRNA・タンパク質両者の発現レベルは、N群に比べてInf群で有意に低かった.さらに、a2Vの分解産物であるa2NTDおよび受精過程において重要な役割を担うGM-CSF、 G-CSF、MIP-1、MCP-1α、TGF-βはいずれもN群に比べてInf群ので有意に低くa2NTDとそれらは有意な正の相関関係が認められた。また、a2vは運動精子群に強く発現し、先体に局在することが確認された。
【結論】
妊精子および非運動精子でa2Vの発現が低く、さらに不妊精子のa2V発現量を反映する精漿中a2NTDが低いことが確認された。また精子a2Vは運動精子の先体に局在する事が確認された。本研究よりa2Vをターゲットに今後解析を行うことで不妊精子の病因に迫ることが出来ると考えられる。